私は昨年10月に就職が決まり、12月のはじめから仕事が始まりました。
しかし、実際働いてみて、いろんな要素がからまり
たった2週間弱にして仕事をやめざるを得なくなりました。
その時に起こった悲劇は主に3つ。
1つ目は過労が重なった事。スケジュールがわからないままスタートし、休みもあまりなく、ほぼ連勤が続いた事。
2つ目はアルハラにあったこと。職場ではよくある話ではありますが、疲れて極限状態だった私にとって、忘年会におけるアルコールの強制は泣くほど辛いものでした。
そして今回書こうと思うのは3つ目。
過去のブログを読み返しても、もし読まれたら?見つかったら?何かこれ以上されたら?
恐怖のあまり、何も書けなかった。ここのブログにも書けなかった。気の許せる仲間にしか話してないお話。
今回書こうと思ったきっかけは、フェイスブックです。
フェイスブックでメッセージがきたのです。思い返せば、デイケアの前で電話をしている時、向こうのすみれ台デイケアの方に梅田がいるのが見えました。
くどいですね。
3つ目は、梅田という過去にりらいふにいたという、男から執拗なまでのストーカー行為をされたことです。
仕事が始まる直前から話ははじまります。
仕事をはじめるにあたって、スタッフと綿密な相談をし、気持ち良く外に出て「さあ、これからがんばるぞ!」と気持ちを新たにスタートした私ですが
その時梅田に声をかけられました。
彼は我々がよくデイケア後に数人で喫煙所で話している輪に「昔あそこに通っていた仲間だ」ということで、中に入ってきました。
最初はなんとも思わず普通に接していました。そして同じ病気を持つ仲間として、お互いの苦労について語り合いました。
そんな過去があったので、声をかけられてもなんら不自然には思わず、一度オリオンという店でご飯を食べようと誘われ、一度食事にいきました。
その後11月末、私が仕事が決まり、明日から仕事!とスタッフに相談に行った後デイケアから出ると
「ねね、番号交換しない?」
という梅田の普通の会話に対し、なんら違和感を持たずに私は番号交換してしまいました。
これがそもそもの失敗でした。
その後電話がかかってきて、
梅田「実は僕はゲイなんだ。ずっと君がかわいいとおもってたんだ。好きなんだけど、付き合ってくれる?」
柿本「いや、そういうのに偏見はないけど、私は女性が好きなので、ごめんなさい」
と誠実に交際を断った。
その後仕事がはじまり、過去のログにあるよう、それこそ死にものぐるいで一生懸命働いている際、
携帯は鳴り続けていた。メールと電話の嵐だ。
最初は「なんで出てくれないの?」など普通の内容だったのが、仕事を理由に電話に出られないと断ると
「おまえ、次会った時にはぼこぼこにしてやるからな!」
と内容が豹変し、私は休憩中それを見て、他のスタッフがいるなか涙をぐっとこらえて。それはそれは筆舌に尽くしがたい、辛いものでした。
それでもデパスを2錠、3錠とどんどん数は増えたが、それを口に放り込んで、仕事に耐えました。
結局仕事はダメになって放心状態。
デイケアスタッフに梅田の事を相談すると
冨「だから、院外交流ダメって言ったじゃない!こういうことなるんだよ!わかる?」
わかるもなにも、まず傷ついてぼろぼろになってるのにそれはないだろうに。
冨「じゃあ向こうのスタッフにも連絡しておくから」
ということで、その後はスタッフの連携でメールも電話もこなくなった。
それからしばらくして、相手が番号を変えてまた電話とメールがきた。
この時はぞっとしたけど、仕事を抱えていなかったせいで着信拒否設定にすることで相手をブロックできた。
そして今日。以前にも2度ほどフェイスブックでメールがきてたのだが、その後特に何もないので虫してたのだが
またメールがきた。
梅田「いまや悲惨な生活耐えられませーん」
いったい何が何をさしているのか分かりませんが、私の怒りの神が降臨。
母に話しても笑ってるし、妹に話してもふーん。と。
そう、うつに関してはプロな我が家だが、刑事事件にはとんとうとい。
ということで
110番してやりましたw
さらに案内で白山警察署に洗いざらい全部話して
被害届を提出しました。
警察の方へ電話したのは多分・・・事故以外なら初めて。
ものすごく丁寧な対応をとって頂けました。心より感謝します。
そして文句だけ言って適当な反応をした冨を明日叩く。
もう容赦ならん。
とりま警察に被害届出した事を明日話し、松原のスタッフとしてどう対処するのか一応様子見る。
ダメなら本人の前で突き倒されたフリして、警察に訴える。
民事で争ったって絶対勝てる。
なぜって。
相手を慮って一度も言い返してないんだからwww
なんのために今まで我慢してきたと思ってるんだ?
俺が優しいから?違うね。
俺の最終的な復讐はどこにあるとおもう??w
あはは。
知ったときにはもう遅い。