投稿者: mogemogeko

  • 憎しみは簡単には消えてくれない。

    7年ほど前になるか。
    俺の病気がまだ自分でコントロールがきかず、バンドメンバーをはじめ多くの人に迷惑をかけてしまった。
    そして、バンドは解雇され、メンバーと仲の良かった仲間から、電話もメールも返してもらえないという制裁を受けた。

    あれから数年。
    また仲間が集まる機会があったそうだ。
    残念ながら俺は呼ばれなかった。
    仲間うちから、もういいだろう、あいつも呼んでやれよと声があがったそうだ。
    仲間だろ?と。

    嬉しいなぁ、と同時に心の中に何かを感じたが、俺は無視した。正確には見ないことにした事事態気づいてなかった。

    先日ドクターの診察を受け、君は自分の心を否認してる、と言われた。

    そんなことはない、俺は忙しいだけだ、何も感じない、なんともないと。

    しかし、少し間をおいて、暇な時にじっくり自分に問いかけた。

    「お前、本当は何を思ってる?」

    心の声に耳を傾けた。
    そしたら、受け止めきれなかった感情が溢れてきた。

    「俺を崖から突き落とした奴をなぜまた仲間と呼べる?
    3年も4年も現実に背を向けて引きこもって、オンライゲームに明け暮れたのはなぜだった?

    何度死にたいと考えた

    何度消えてしまいたいと考えた

    」

    強がって、いつでも俺的には会えると話したが、本心は遠くにあった。

    仕方なく俺はその気持ちを受け止めた。
    本心ならば、否定しようが、説明しようが、言い訳しようがもはや逃げ場はない。そうなると分かっていたから否認し続けたのだろう。都合が悪かったのだ。

    だがそれでも

    たなは言う。

    また仲間が集まるのが俺の夢だ
    もげを家に泊めるのも、
    いつかまた仲間に加わって
    みんなで再会できるようにって
    そういう想いがあるんだ

    なるほど。そうか。
    だが本心は遠い場所にある。
    さてどうしたものか。。。

  • 勉強勉強勉強。オラオラオラ的な感じで。

    先日お世話になった大学の教授にメールしてみた。
    昨年メールした時は、良い報告なんていりません。とにかくたまにでいいから連絡してと言ってくれたので、

    腰痛が治らなくて日々リハビリしてます。4月から精神保健福祉士の勉強を始めましたが、集中力が続かなくて苦労してます。

    と素直なメールをしました。すると

    「腰が痛かろうが何だろうがやる事やったら?落ち込むのは暇なせい。忙しい人は落ち込む暇さえない!他の人からどんどんおくれるよ!」

    と怒りのメールが3通届いた。

    この教授は一応俺の事情は知ってるし、精神科医師だし、臨床心理士だし、精神保健福祉士なんだけど、極めてる人は一周まわって怒るんだと、思わず吹き出してしまった。
    でもなんだかすごい嬉しくて、あー懐かしなぁー昔よくこんな風に言われたっけと。

    でもなんか誤解もあったみたいなので、
    反撃。

    「先生、腰痛と勉強は関係ありません。毎日勉強してますが、量を増やします。頑張ります」
    と返してみた。

    すると落ち着いた先生はアドバイスのメールをくれた。賢く勉強しろ、厚生省的視点、医療的視点が大事だと。
    そこはやはり医者の先生なんだなって思いました。

    実際今勉強は前は1時間半くらいだったのが、2時間から3時間にしてみましたが。思った以上に疲れる。PCの調べ物なんて何時間でもできるのに、やはり法律の勉強たら福祉の歴史たらになると私苦手で。。。どっと疲れます。
    体力つけなきゃですね。

    最初はまったく勉強に手をつけられなかったのが、出来たり出来なかったりしだして。これは卒業無理かなと思ったが、だんだん毎日勉強するのが習慣づいてきた。
    だから本当はやっぱり良い報告してるんだよね笑
    悲しい報告はしたくない。誰にも。このブログの中だけ。ここだけ。

    友人とも話したが、本当いい恩師を持ったなぁと。涙が出ます。
    来年余裕があったら会いに行きたいなぁ。
    順調にいけば再来年の1月は国家試験。
    一夜漬けが出来ない体と年齢なので、日々精進。

    アルバイトしてた頃大学生に言われました。
    「もげ子さん、慣れですよ。慣れ。」
    得てして的を得た事を言ってたのだと
    今になって沁みます笑

    何が慣れじゃ!笑わかったようなことを!笑

  • 一番仲良しだった幼馴染が。

    最近耳にしたくない話を聞いてしまった

    一番仲良しだった幼馴染が急に連絡をあまりくれなくなった

    お互い共通の友人から、Iはひどく俺の事をバカにしてる。いつもバカにする発言をしている
    と聞いてしまった。

    最初はそんなの興味ないとはねのけたが、それは強さからではなく、現実から目を背けただけだった

    ドクターの助言もあり、だんだん悲しくなってきた。誰でもいいからすがりつきたい思いでいっぱいだ

    だけど、それを頼りかかれる友人は俺にはいない

    仲の良い友人はいても、頼れるのはIだけだったのに

    寂しいし、恐ろしく怖い

    現実を受け止めるには少し時間がかかるかもしれない

    しかし時は残酷。無残にも過ぎて行く。
    確実に年齢を重ね、身動きができなくなって行く
    どんなに起き上がっても、どんなにリハビリしても
    待ったなしである
    もう34
    まだではなくもう34
    少なくとも今はそう認知している
    焦る
    あせりばかりがから回る
    将来が怖い
    家族以外もうよりかかれる人がいない
    妹も結婚して出ていく
    どうしよう

  • 二泊三日の愛知旅行

    2014年の夏、8月の月末。
    俺は名古屋の友人の強い要望で、いつもは一泊なのだが、今回はゆっくり語りたい二泊三日の愛知旅行へ出かけた。

    スケジュールには余裕を持たせ、中日には何も予定を入れずのんびりするはずだったが、これがなんとも裏目に出てしまった。
    自分のペースではなく、元気にバリバリ働いている友人のペースで予定が組まれてしまったからだ。
    そして何より、腰の調子が思わしくないのに、車を運転して現地へ行ってしまった。

    初日。
    朝から整形にかかりストレッチと筋トレをし、自宅で昼食。その後飛び乗るように車に乗り、時速130kmで名古屋へ向かった。
    その後現地で泊めてくれる友人宅で少し休憩し、栄に移動。さらに友人が合流し19:00から飲みはじめ、23時まで語る。
    その後友人の経営するBARで飲みはじめ、3:00になった時点で俺がギブアップする。

    二日目
    昼過ぎまで休憩し、友人の提案で昨日飲んだメンバーでカラオケを5時間。
    ここらへんから咳が止まらなくなる。
    その後そのメンバーで友人のBARへ行き23:00まで飲む。旦那より少し早めに帰り、奥さんの相談にのる。

    三日目
    体調は完全に崩れたまま、安城まで車を走らせ、元同僚たちとランチをし、咳をしながら思い出のマーニーを観る。
    その後18:00から帰宅をはじめ、途中腰と右足が使えなくなったので、休憩をはさみながら左足で運転して帰宅。これが23:00。

    とまぁ、バリバリ毎日働いている頃ならなんとかこなせそうな予定だが、移動がそのまま疲労につながる旅行だっただけに、体力を消耗し結果風邪をひいてしまった。
    どうやら泊まった家の子供の風邪がうつった模様。

    1年に1度くらいしか風邪をひかないのに、とんでもないタイミングで風邪をひいてしまった。結果だけをみると、今回の旅行は大惨敗だった。

    もちろん収穫はあった。
    泊りに行った家庭には少し問題があり、その事に奥さんは気づいていたが、旦那は気づいていなかった。奥さんは育児と仕事で憔悴しており、さらには相談できる相手がいない様子だった。
    だから俺と少し話ができたのが涙が出るほど嬉しかったそうだ。俺は俺の相談をしてるつもりだったのだが、それでも結果的に彼らを補助することができた。それは俺にとって、とても嬉しい事だった。
    彼らに感謝し、何かお返しをしたいと思っていたからだ。

    病院の同僚は誘ってもらえるだけで嬉しいと語ってくれた。普段友達と遊ぶ機会などそうないからと。

    泊めてくれた友人は、いつか昔の仲間をみんな集めてまた昔のようにライブがしたいと夢を語ってくれた。
    そしてその時、俺にそばにいて欲しいと、そのためにこうやって呼んで、そして泊めてくれるのだと。
    涙が止まらなかった。
    いつもふざけている彼が、真剣に俺を別れた仲間と引き合わせたいと語る彼が俺にはとても眩しかった。

    BARを経営する友人は、みんなが集まる場になればと、そういう想いで店をやっていると語ってくれた。

    また他の友人は、彼氏と別れ苦労をし、仲間と会うのも億劫だと言いながらも、俺たちに会いに2日もさいてくれた。
    クズだという彼氏とも、俺に呼ばれれば再会し普通の顔をすると話していた。

    今回来られなかった彼氏は、いろいろ事情は聞いたがそれでも俺はまた誘うと伝えると、
    ありがとう
    また誘ってください
    とメールをくれた。

    元同僚の友人は、母親の事で家が忙しいのに、かなり無理して会いにきてくれた。彼女の娘はまだ遊び足りないとごねたが、友人はすでに疲れ切っていてギリギリの状態だった。
    それでも、わざわざ遠い所から会いに来てくれてありがとうとメールしてくれた。

    なんだろう。
    こんなに腰も悪いし風邪もひいちゃうし。歳も重ねてタバコも吸うし。臭いし
    仕事も出来ず、リハビリバカなんじゃないかというくらいリハビリしてて。
    役に立つかわからない福祉を勉強してて。披露する場もないのにギター練習してて。
    なーんにもない俺なのに。
    なんだろう、この満ち足りた心は。
    そう、過去何度もふと思っては消えた、

    ああ、俺は幸せだなと

    決して裕福ではなく、ギリギリの毎日だけど、ふとそう感じることができた。

    私が皆を愛してるいる以上に、皆が私を愛してくれる。
    これ以上の幸せがあるだろうか。
    妻と苦楽を共にする幸せや、我が子の成長を見守る幸せはなくとも、
    それとはまた別の種の幸せが、私にはあるじゃないかと。

    明日の自分にチャレンジするのも大切だし、明日の自分に期待するのも大切だが、ふと周りを見渡す事も、実はものすごく大切なのだと知る事ができた。

  • Popってば。

    当たり前かもだけど、Popsて流行という意味で、ジャンルというより状態を表してるんだよね。

    ロック!も実は概念で、どういうメロディならロックだとか、それロックダネ!というそれが何を指すかは言った人にかわかんなかったり。

    ファンクもやっぱり概念的要素強くて、一応同じメロディの繰り返しが多いとか、聞き分ける方法あるけど、
    そのベースラインファンキーだね!って言ってる人は、
    ファンキーに感じたから言ってるわけで。

    音楽って、正確に区分けってもはや無理なんだよね。
    昔のクラシックは作曲者で区分けできたけど、今は指揮者、演奏者で全然違うらしいので、それらの人のカバーカバーなわけでしょ?それどうやって区分けする?
    やはり作曲者?人によっては指揮者?

    明確な区分けにこだわるのは日本人だけだと、昔友人に言われました。

    パンクの精神か、ラップが入ってるか!ロックなゴリゴリ音か、ファンキーにスラッピングするか、ジャジーにアドリブ入ってるか。
    んでそれら全部その時流行ったらpopsなわけでしょ?

    音楽がこれだけ混ざった現代においては、明確な区分けは不可能なんだよね。

    かの私の大好きなタワーレコードでさえ、あれ?このアルバム違うジャンルの棚にある。なんてよくあること。

    結局良いと感じるかどうか。なんだよね。

    だから私は一つだけ音楽を聞くとき意識してるのは、10年後もこれ聞くかなということ。

    良いと思っても、今は流行ってていいのか、今自分のマイブームなだけなのか。
    いや、10年後もいいなと思って聞くのか。

  • こつこつですが勉強中。

    こんにちわ、もげ子です。

    現在私は、本当たまにというか、こつこつちょこちょこではありますが、精神保健福祉士の資格を取るべく勉強中です。

    正直元々仕事をしたこともあって、さして真新しく学ぶことはないかなとは思ったのですが、

    実際やってみると面白いものです。

    やはり今まで学んできた、医学的、心理学的視点とは違う、福祉学的視点がそこにはあるので、はぁなるほど、こんな風に障害を考える視点があるんだなぁと、なかなか面白い。

    最近学習した、社会モデルという考え方は面白かったです。

    個人モデルでは、障害は個人に因子があり、それの克服、つまるところエンドレスなリハビリがそれでした。

    しかし、社会モデルでは、個人の因子はあるものの、それは環境によってノーマライゼーションとなるという考え方です。

    鬱の人に置き換えてみると、
    個人モデルではひたすらリハビリして、気分を安定させるという視点しかありませんが、社会モデルでは、気分の変調を周囲が気づき手助け、言葉がけなどによって安定していこうと。
    なるのかな?ふふ、まだよくわかりませんが。

    つまるところ私に第三の視点を与える福祉学は、なかなかに面白いということです。

    来年から本格的に勉強するつもりではいますが、今のようなペースではダメです。間に合いません。
    毎日2-3時間勉強するペースを作る必要があります。

    さらには腰を治し、バイトしつつ。
    まぁ、バイトは急がない。ということにしようとこっそり思ってます。やろうと思えば出来るのは去年分かったし。
    週2-3日の軽く出来ると一番いいのかな。

    資格。欲しいです。
    アイデンティティになると思うんです。
    自信にもなる。
    ただ仕事につながるかわからないのが、勉強を阻害している一番の原因。
    気分ではなく、意欲の問題。大問題笑。

  • もげ子の近況

    はいはーい!もげ子です。
    寝転がって書いてます。←ここ大事

    引越しをしたあとの事を書きます。
    去年の10月に仕事を辞めて。

    一ヶ月家でダラダラ過ごしたら、元々腰が悪かったので、筋肉が衰え、なんと寝たきり状態に。

    そこからなんとか少し動けるようになり、飲み屋で知り合ったおじさんの運転手をし。
    スナックのママに甘えないでとしかられ。失業し。

    4月には実家に改めて帰ってきました。

    その後おじさんの誘いを2度断り、返信が途絶え。

    なんとか元気になろうと運動し。

    地元に同級生が帰ってきて、バンド組もうと言われ頑張ったら空回りしてひどいこと言われて俺がブチ切れて。

    壊したiphoneを間違えて親のクレジットで払ってしまい。

    幼馴染でずっと付き合ってた友人は仕事で忙しくなり、連絡もあまりなくなり。

    で、今日ですよ。
    ですがね、あれですよ。
    凪というか。
    落ち着いてるんです。
    とても冷静なんです。
    良い意味でも悪い意味でも。

    こうして更新しながらも、落ち着いて眠剤飲んでから書いてるんです。

    あわてふためいた元同僚の女性から、カラオケ中の電話だったにも関わらず。

    “それは予想の範疇でしょ。まずは落ち着いて。君の責任じゃないよ。”
    と
    諭す始末。

    ね。ゾッとするでしょ?笑

    これだけ落ち着いたのは良い事です。
    病人としてみればね。

    でもチャレンジャーもげ子の姿も、すっかりなりを潜めてしまったのです。

    何度くじけようと、何度失敗しようと、自分はどこまで昇れるか!どこまで稼げるか!元気になれるか!

    そうずっと思って、限界に挑戦してきたのですが、ふと気付いたのです。

    そうやってあがいて、落ちて上がって。

    それを安定させるだけでものすごい労力と過去の経験則から得られる知識を必要とすることに。

    そして母に言いました。
    あぁ、これがハンディキャップなのかと。

    だから年金がもらえるのだと。

    薬で安定して、ずっと安定出来るなら、年金なんかでないのだと。

    そう思ったら、すー
    っと。
    冷めたのです。そして覚めたのです。

    これが今の俺です。

    ここからはただのチャレンジャーなだけではダメなんだろうなと思ってます。

    この先はまだ思いつきません。

    思いついたらまた書こうと思います。

    チャレンジするたびひとをふこうにするのはもういやなんです。。。