先日放送大学の入学式、とはいっても形式上の物へ行ってきた。
そこでは事務長をしてる親父が司会をして、粛々と式をすすめられたのだが。
まぁ私はTwitterしたり、なんやりで上の空。
途中車屋さんから電話もあったりで、途中からは頭の中は車でいっぱいになっていた。
最後に交流会がもたれた。
やはり個人で勉強するのはかなり大変らしく、それも複数の教科となるとかなり大変らしい。
それで、少しでも仲間作りにと交流会が持たれたのだが。
なんかな~健常者にあまりなじめなかった。臨床心理士をとって心理で働きたい。と子供のように言ってるおじさんおばさん達。
それがいかに辛く苦しい道のりか知ってる俺は・・・呆れてしまった。あーばかばかしい。この人たち。
そんな中、「私は精神的に病気を持ってるので、その事をよく知りたい、そして臨床心理士に・・・」
顔を見ただけで、あ、この子病気持ってると分かった私。内心、おお当たり。といった感じ。
なんと人間ができてない事か。ある種職業病である。
まぁ、なんかボーダーっぽい子だったけど、臨床心理士目指すために病気をうんぬんかんぬん。
目指してない人でさえも、積極的に勉強会行ったり、ネットで調べて薬の事知ってたり。
少なくとも君よりはよく勉強している。と思った。
そう、心理目指す前に、かなりの勤勉家でないと、臨床心理士は取れないのだ。
昔何度か資格の試験問題集を持ってたので目を通したが、はっきり言って尋常じゃない難しさ。狭き門とはよくいったものだ。
友人の大学院生は、余裕でストレートで卒業したのに3浪してもまだ受からないとか。。
はっきりいって、内容だけなら国家公務員などの難関の試験が待っているのである。
まぁ、それ以前に、大学院にて講義があるが、はっきり言えば半年で個人で、そう個人で勉強を終え、
心理面接のノウハウを叩き込み、必要なら心理検査もある程度できるようになり、
それで心理面接に望まないと、心理面接自体が破綻する。すぐ面接中断になるのである。
講義を受ける前に、先輩たちの所を走りまわり、意見や自分の面接をみてもらいながら。。。途方もない苦労がある。
と同時進行で修士論文を書かなければならない。書くためにはどこかへ実習へ行き、バイトなどをさせてもらいながら心理検査を繰り返し
その結果もまとめる必要があり。。。
夢見る事は大切だ。目標を見ることも大切だ。
だが、現実を見つめ直す事、現実を受け入れる事も、年をとったならかなり大切な事だ。
だが彼らはこういった苦労を知らない。
父は昔からこう言った。
知らない事は恥ずかしい事ではない。
知ればいい。勉強すればいいのだ。
今でも父はそう考えいてる。父だってそんな苦労した俺を知ってるから、臨床心理士がとんでもなく大変な道のりなのは知っている。
だがあえて、あなたぐらいの新年では無理だとか、もっと勉強しないと無理だとか
知らないからバカにしたりは絶対にしない。
知ればいい。放送大学で勉強すればいい。というスタンス。
俺はこれは素晴らしいと思った。
私だけだろう。他の人々とは違う、こういった父への純粋な尊敬を、入学式において感じていた。
と同時に。ああ教科書まだ一回もひらいてねー。とりあえずささーと読まないとなぁ。授業どこで受けよう。ネット配信してるからどこでもいいんだけど。。
放送大学通って受けるのが良さそうだなぁ。。。などなど。
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