精神科で長く働いていたこともあり、精神科疾患を抱えて、そして亡くなっていく人たち。
そんな人たちをみてて、気づいた事。
最後の最後に頼れるのは、それはどんなひどい人たちであろうとも、家族、親族なのである。
もちろん友達も大切ではある。
だが責任をとって、いろいろ世話してくれたり、洗濯してくれたり。退院するためには住む家だって必要である。
そんな家族からの信頼、好意、優しさを失った患者ほど、本当みじめなものはない。
どんなに強く生きていこうと決めても、必ず弱る日がくる。
そのとき頼れるのは、親族のみなのである。たとえそのひとが虐待する人であったとしても。
今日、父方の祖父が緊急で入院した。
ついに自発で食事が困難になったのである。
それを話す父がどれだけ小さく感じたことであろうか。
そんな父に対して
今調子が悪いといいながら、あたりかまわず当り散らす母は、
「すぐ姉たちと相談して、食道に穴あけるか相談しとかんなんよ」
「亡くなったらもめるから荷物かたしにいかんなん」
看護師をはじめ、老後の生活に対する知識が多いので、
母はこのように現実問題から考えてしまう。
それを聞き入れない父に対し、
「無視かよ!まあ私には関係ない人だからどうでもいいけど関係ないし。」
今我々は当事者なのである。ましてや父からしたらそれは父親の話なのである。
それを語ることがどれだけ辛いか、それは一般的な思考をする人なら、誰でも思いつける話である。
確かに母は医療従事者だったため、そちら側からの考え方になってしまう。
ある種職業病である。しかし、そうだとしても、決して慣れてしまっていることに慢心せず、
分かろうとするが全部分かってあげるには時間も労力もかかるんだs。っていう姿勢で望まねばならない。
これは医療従事者の鉄則である。決して慢心してはならない。あなたのその後が予想をつけたとしても
それを安易に気持ちも考えず語ってはならない。
妹は
あきれて何も言えない。
とつぶやいた。
私はいろいろわかってあげられる立場にあるが、
いたたまれない、何か胸が腐っていく感覚にとらわれた。
ああ、
こうやって調子悪いときに、人に嫌われるのだと。
そのときはっきり分かった。
母の調子が今のままなら、それを見ている妹たちの気持ちにある変化を及ぼすだろう。
この人を看取るときに全力で挑むのはやめようと。暗に思うのである。
これが腐食のはじまりである。
情けは人のためならず。
めぐりめぐって次は自分の番になったときに、自分の行いを見ていた娘たちが、それをまねるのである。
雑に扱えば雑に扱われる。
一生懸命見取れば、足繁に病院へ見舞いに来てくれることであろう。
さてでは母のときはどうなるか。もはやその話は始まっているのである。
さして健康ではない私ではなく、妹たちがあらゆる決定権をにぎるだろう。
そのとき、はたして妹たちはどのような決定をくだすのか。
私は何度でも精神科疾患の患者に言う。
家族に見捨てられたら終りですよと。
親族に見放されたら終りですよと。
たとえそれが病気が重くなり、まきちらした事故だとしても、
誰も責任とりません。自分で責任をとるしかありません。
我々はあくまで生かされているのだということを
絶対に忘れてはならない。
言葉にしないまでも、
家族との何気ない挨拶や会話がどれだけ大事か。感謝できているか。
忘れてはならない。